
心得6
『練習は試合。試合は練習。練習の中で自分の肉体の限界超えた者は、試合で実力以上の力を発揮することができる』

【解説】
《話の前提》
今回の話の前提は、アマチュアの武道(武術)を想定しています。
プロの格闘技は想定外としています。
(そもそも、このブログは武術初心者の方のためのものです)
《強さを証明するためには試合に勝つしかない!そのためには・・・》
武道を習うなら、「誰よりも強くなりたい」ですよね!
その“強さ”をはかるものが「試合」ではないでしょうか?
殺し合いをしない現代の武道において、試合に勝つということが強さの証明となる、ということです。
ですから、武道者であれば1試合でも多く勝ちたい、出来れば優勝したい。
そう思って当然だと思います。
なかには、自分の実力をわきまえて、1回戦を突破したことで喜ぶ人もいるようです。
ですが、常に「強さ」や「上手さ」を求めないのならば、武道者(武術者)とは呼べないのではないかと考えます。
武道者でも色々います。
ケンカばかりしていた元ヤンキー、真面目少年、ブルースリーに憧れている人、将来プロの格闘技選手になってお金を稼ぎたい人、理由もなく戦うことが好きな人、イジメから脱するために武道を始めた人・・・。
さらに流派にもさまざまなものがあり、フルコンタクト、防具付き、寸止め(ライトコンタクト)などがあります。
伝承している技も違うし、練習方法やルールもさまざまです。
ですが、どの流派にも、誰にでも共通する試合に勝つための(強くなるための)秘訣があります。
それが今回のテーマです。
《練習は試合を想定して行うべき》
結論を述べます。
『練習は試合』
つまり、「練習の内容が試合を前提又は想定したものにする」ということです。
えっ? って思いました?
以外に、これが出来ていない流派や道場が多いのです。
具体的に言うと、発生当時の空手の型や技の練習は現代の空手のどの流派の試合にも使用できないものがほとんどです。
ですから、“型”ばかり練習している流派は試合に勝つための実践的な練習をしていないことになります。
(まったく意味がないわけではない)
東京五輪の競技となった空手はライトコンタクト(寸止めルールの伝統空手)ですが、その空手には、「型(形)」と「組手」があります。
ご覧になった人ならわかると思いますが、まったく別物です。
簡潔に言います。
空手の型をそのまま実践(試合)で使用できません(ほぼ)。
それは“型”が「間合い」「技の出し方」「タイミング」「相手の出す技」などの条件が厳密に設定されているからです。
厳密に設定されているということは、裏を返せば臨機応変な動きの練習をしていない、ということになるのです。
“型”を練習する最大のメリットは、繰り返し同じ動きを練習することで、“その動きが身体に染み込む”ことです。
ですから、まったく同じ状況であれば、有効な闘い方(決まる)となります。
武術において重要なことは「技や動きを身体に染み込ませる」ですから、同じ動きを繰り返す“型”の練習は、その動きを身体に染み込ませることにはとても有効なものです。
ですが、それは現代の大きく変化した武道や格闘技事情には対応していません。
実は、そこにこそ最大の欠点が同時に潜んでいるのです。
その最大の欠点とは、「臨機応変な闘い方が身につかない」「変幻自在な動きや技を習得できない」です。
試合(実践)に求められるのは、「臨機応変な戦い方」であり、「変幻自在な動きや技」なのです。
ですから、自分の所属する団体(流派)の試合ルールで有効な技や攻撃パターン、または練習方法をするべきなのです。
カッコいいから、憧れているから、といって他の流派や格闘技の技を取り入れようとしても自分の所属する団体の試合ルールには有効でないものがたくさんあります。
それを見分けて練習メニューを組み立てることが大切です。
「練習のための練習」になってしまってはいけません。
「意味のない練習」になってはいけません。
無意味に鍛えればいいというものではありません。
技や動きによって使う筋肉も違います。
使わない筋肉を無意味につけてしまうと、体重が重くなり、その分動きが遅くなります。
常に、「試合で使用する」ことを想定して練習することが重要です。
すべてはあなたの所属する団体のルールに焦点をあてて、そこから逆算して練習メニューを組み立てることです。

《試合で実力を発揮するために大切なこと》
極端に話を例えると、“型”の練習しかしていない人がいきなり“組手の試合”にでたら、その人はどういう心境になるでしょうか?
きっと、不安で緊張しまくりになるでしょう。
すると、本来の実力を発揮できずに試合は終了してしまいます。
少し話を極端にしましたが、程度の違いはあれ、「どうやって勝ったらいいんだ?」と思いながら試合に臨む武道初心者の方は多いものです。
それはそうした流派が実践(試合)での闘い方は「己で学べ」みたいな方針だからです。
武道は個人戦なので、そうした自己責任が原則ですが、それではあまりにも理不尽です。
そうした試合に勝つための実践的練習をしない流派もたくさんあります。
それはなぜか?
実戦(試合)で勝つための練習方法を真剣に考え抜いた人しかそれを教えられないからです。
では、どうすればいいのか?
前項で「試合を想定した練習を常に行う」と言いましたが、試合では逆に「練習したことを実践すると思って闘う」ということが重要です。
それによって緊張がほぐれ、体から無理な力みが抜け、実力を最大限に発揮することができます。
重要なことは、「練習通りにすればいい」。
この言葉を言えるような練習をしていること。
つまり、試合を想定した練習を常に行っていることが大前提となります。
試合で緊張して実力を発揮できない理由が、「練習で実践的な内容の練習をしていないので、闘い方がわからない」ということがひとつの原因なのです。
《試合で実力以上の力を発揮するために必要なことは?》
『北斗の拳』という漫画を読んだ武道者は多いでしょう。
主人公のケンシロウは、北斗神拳の究極奥義「無想転生」を身につけて宿敵ラオウと闘い勝利します。
実は、それに近い境地が武道者にはあります。
よく「運も実力のうち」と言われます。
それは「運」に見える勝ち方も、実はハードな練習があったればこそ、なのです。
つまり、「努力が運に変わる」のです。
自分の限界にチャレンジする練習を常に行っている人には「運」が転がり込むのです。
無意識に繰り出した技が相手に決まる。
自分でも信じられない動きが出た。
そんな経験をしたことがある人もいるでしょう。
武道初心者の方であれば、憧れの瞬間だと思います。
そうした経験をする人はどんな人なのか?
それは練習の中で自分の身体能力の限界、体力の限界、精神の限界を超えた練習をしたものだけが味わえる瞬間(体験)なのです。
それは辛く苦しいものです。
忍耐力、情熱、強い意思、目的意識、高い目標などが必要です。
「1回戦突破が目標」という人の練習は、自分の限界を超えて鍛えようとしません。
一生懸命に頑張って練習しているようでも、1割、2割の余力を残した練習をしています。
大げさに言えば手抜き、よく言えば“ほどほどの練習”です。
そうした練習が習慣になっている選手は試合において「火事場のクソ力的な戦い方」を発揮することはできません。
日々の練習で、一切自分を甘やかさず、手抜き練習(妥協した練習)をせず、自分の能力の限界に挑戦しつづけた者のみが味わえる瞬間(体験)なのです。
これは言葉では説明しづらいことです。
あなたもぜひそうした瞬間(体験)を味わってみてください。

《まとめ》
「練習メニューは試合を想定した実践的なものにする」
「練習時には、常に試合を意識して練習する」
常に「試合で使用する」ことを想定して練習することが重要。
実戦的な練習とは、所属する団体のルールに焦点をあてて、そこから逆算した練習メニューである。
そうした練習をしていたならば、
「試合は練習」だと思って、普段の練習通りに動くこと。
それが緊張を解くカギとなる。
強敵に勝ちたいのならば、自分の限界を超えた練習を常に行うべし。
自分の限界を超えた“苦痛の海”を渡った者のみが実力以上の力を発揮することができる。
「試合では練習したことしかだせない」
しかし、
「実力を超える力をだす秘密も練習の中にあり」
この言葉を心に刻んで練習に励んでください!
『心得6』
『練習は試合。試合は練習。練習の中で自分の肉体の限界を超えた者は、試合で実力以上の力を発揮することができる』
押忍!